なんとなく疲れが抜けない日。
少し無理をしている自覚はあるけれど、「まあ、こんなものか」とやり過ごしてしまう日。
体調のことも、心のことも、気にはなっているのに、休むほどではない。
そんな毎日を、私たちは当たり前のように生きています。
健康のために、もっと運動をがんばらなきゃ。
食事をちゃんとしなきゃ。
心を整えなきゃ。
気づけば、養生のはずのことが、また一つの負担になってしまうことも。
けれど、ふと立ち止まって考えてみると、そもそも私たちは、自分の命をどう扱って生きているのだろう。
そんな問いが、静かに浮かんできます。
江戸時代、この問いに向き合い、言葉にした人がいました。

貝原益軒と『養生訓』とは
貝原益軒は、江戸時代を生きた儒学者です。
学問の人でありながら、難しい理屈を語るよりも、日々をどう生きるかを大切にした人物でした。
『養生訓』が書かれたのは、益軒が83歳のとき。
若さや勢いではなく、長い人生を生きてきた人だからこそ書けた、静かな実感が、この一冊には込められています。
江戸時代の平均寿命が40歳前後だった頃、益軒は85歳まで生きました。
その生き方そのものが、『養生訓』の言葉に重なります。
ニャム江戸時代の本って聞くと、なんだかストイックで、堅苦しい感じがするけど。



『養生訓』はね、ちゃんと暮らすための心得帳みたいな本だと思う。
益軒が向き合っていたのは、どうすれば人より評価されるかではなく、どうすればこの身をそこなわずに生きられるかという、ごく素朴な問いでした。
その問いは、忙しさに流されがちな今の私たちにも、そっと差し出されているように感じます。
『養生訓』が前提にしている考え方
『養生訓』を読んでいると、益軒が何度も立ち返っている前提があります。
それは、命は自分の好きに使っていいものではないという感覚。
益軒は、こう書いています。
天地のみたまもの(御賜物)、父母の残せる身なれば、つつしんでよく養ひて、そこなひやぶらず、天年を長くたもつべし。
出典:『養生訓・和俗童子訓』貝原益軒 著/石川謙 校訂(岩波文庫)
命は、天地から授かったもの。
父母から受け継いだもの。


だからこそ、壊してはいけない。
乱暴に扱ってはいけない。
ここで言われているのは、「もっと努力しなさい」という話ではありません。
雑に生きるな、という戒め。



“天地のみたまもの”って、ちょっと大きな話だね。



でも言ってることは、案外シンプルなのかもしれない。
限界まで使い切る前に、立ち止まること。
それもまた、養生のひとつ。
養生とは「がんばらない」ことではない
ここまで読むと、養生という言葉に、「無理をしない」「力を抜く」そんなイメージに聞こえるかもしれません。



じゃあ、がんばらなくていいってこと?



『養生訓』はね、“力を抜け”じゃなくて、“壊れるところまで行くな”って言ってる気がする。
けれど『養生訓』が大切にしているのは、単にがんばらないことではありません。
「過ぎないこと」。
食べすぎないこと。
やりすぎないこと。
行きすぎないこと。
努力そのものを否定しているわけではない。
ただ、身体や心をすり減らすところまで行けば、それは養生ではなくなる。
ほどよく、生きること。
その感覚が、ここにはあります。


『養生訓』がいちばん伝えたかったこと
益軒が何より警戒していたのは、良いことを、やり過ぎてしまうこと。
とくに、日々の中心にある「食」について、こんな言葉を残しています。
飯を多くくらへば、脾胃をやぶり、元気をふさぐ。他の食の過ぎたるより、飯の過ぎたるは消化しがたくして大に害あり。
出典:『養生訓・和俗童子訓』貝原益軒 著/石川謙 校訂(岩波文庫)
生きるために欠かせないものほど、やり過ぎは、命をそこなう。



養生って、何かを足すことじゃなくて、当たり前をやりすぎないことなのかもしれない。
養生訓が書かれてから、三百年以上の歳月が流れました。
暮らしの形も医療も、大きく変わったはずなのに、この本は今も読まれ続けています。
それはきっと、私たちの体と心が、時代を越えても大きくは変わっていないから。
健康に生きたい。
気持ちよく暮らしたい。
その願いは、昔も、今も、変わらないのだと思います。
今日できることー胃腸の使い方を見直す
今日は、夕食を腹八分目で終えてみる。
お腹いっぱいになる一歩手前で、箸を置いてみる。
満腹になるまで食べないこと。
それは我慢ではなく、命を壊さないための配慮。


今日を、少し丁寧に生きるために
養生とは、長生きのためにがんばり続けることではありません。
与えられた命を、無理せず、乱暴にせず、最後まで使い切るための知恵。
今日を完璧に生きる必要はなくて、ほんの少し、やりすぎないこと。
(完璧じゃなくていい、については、こちらの記事に書きました。→ 完璧じゃなくてもいい―『徒然草』がそっと教えてくれる「欠けたものの美しさ」)



それでいいよ。
今日はそれで十分。
その積み重ねが、命の時間を、静かに支えてくれるのかもしれません。
ほんのひとときでも、心がゆるむ時間になっていたらうれしいです。
また何かのときに、ふとこの記事を思い出してもらえたら。


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『養生訓・和俗童子訓』(貝原益軒著/石川謙校訂/岩波文庫)
この記事でご紹介した言葉は、この一冊から。三百年前、八十歳を過ぎた学者が書き残した、暮らしの知恵の集大成です。食べること、お酒のこと、心の持ちよう――今日から使える一文が、きっと見つかります。
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わたしは紙で読む派ですが、気になる方はのぞいてみてください。
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