「あの人はあんなにうまくいっているのに、私はどうしてこんな人生なんだろう」
ふと、そんなふうに思ってしまうことはありませんか。
何気なく開いたSNS。
どこかの誰かが、おしゃれな暮らしをして、 毎日満たされたような日々を送っている。
それを見て、思わず「いいな」と思って、 気づけば、少し落ち込んでいる自分がいる。
ミミ「いいな」って思うたびに、なんか自分がみじめになっていく気がする…。
比べたくて比べているわけじゃないのに、 気づくと、誰かと比べてしまっている。
そして、少しだけ、自分が嫌いになる。
そんなとき、江戸時代の僧・良寛の言葉が、 そっと心をほどいてくれます。


なよ竹のはしたなる身はなほざりにいざくらさまし一と日一と日に
出典:相馬御風 編注『良寛和尚歌集』岩波文庫
現代語訳(筆者訳):
ふしのある竹のように、どこか頼りない自分でいい。
そのままの自分で、一日一日を過ごしていけばいい。
わたしなりの解釈:
「もっとしっかりしなきゃ」
「もっとうまくやらなきゃ」
そんなふうに自分を責めてしまうとき、 この言葉はそっと「それでいいよ」と言ってくれているようです。
人はなぜ比べてしまうのか
何気なく見ていたSNSで、毎年海外旅行に行っていたり、たくさんの友人に囲まれて、きらきらした毎日を送っている人の投稿が目に入る。
最初はただ見ていただけなのに、 気づけば、どこか心がざわついている。
「いいな」と思う気持ちと、少しの羨ましさと。
そして、自分と比べてしまう気持ち。
本当は、そんな人ばかりじゃないこともわかっている。
見えているのはほんの一部だということも、わかっている。
それでも、やっぱり羨ましく思ってしまう。
私も同じように感じていた時期があります。
何気なくSNSを見て、自分より若いのに成功している人や楽しそうな投稿に「いいな」と思って、「それに比べて私は…」と考えてしまっている。
なんとなく、自分だけが取り残されているような気がして、少しだけ、自分のことが好きになれなくなる。
そんなことを、何度も繰り返していました。
でも、もしかしたらそれは、 人が持っている自然な感情なのかもしれません。
人は、自分を知るために他人と比べてしまうことがあると言われています。



比べてしまうのは弱さじゃない。
人間として自然なことだよ。
比べてしまう自分を責めなくていい。
大切なのは、比べることをやめることじゃなくて、比べてしまう場所から少し離れることなんです。
比べるのをやめるのではなく、場所を変える
「人と比べるのをやめよう」
そう思ったことがある人も、多いと思います。
でも、実際には、比べないようにしようと思っても、気づけばまた、比べてしまっている。
それくらい、人と比べることは自然なことです。
だからこそ、無理にやめようとしなくてもいい。
ただ、少しだけこんなふうに考えてみてほしいんです。
「比べることをやめる」のではなく、「比べてしまう場所から少し離れる」



比べる場所にいる限り、比べることは止まらない。
場所を変えるのが先、ってことだよ。
たとえば、誰かと比べてしまうことが前提の場所にいると、どんなに頑張っても、比べることは止まりません。
でも、その場所から少し距離をとるだけで、心のざわつきはやわらいでいきます。
比べなくなるのではなく、比べなくてもいい状態に、少しずつ近づいていく。
それだけで、心はずいぶん軽くなります。
良寛はどんな人だったの



ところで、良寛ってどんな人だったの?
良寛は、江戸時代に生きた僧であり、歌人です。
もともと村の名主の家に生まれた長男でした。
そのままいけば、地位も、名誉も、手に入るはずの人生。
それでも彼は、その道を選ばず、出家の道に進みます。
生涯寺というものを持たず、托鉢をしながら、質素な暮らしを続けていきました。
また、良寛は、説法や説教といったこともしなかった。
ただ、目の前の人と向き合い、 その時間を大切にしていた人でした。
子どもたちと手まりをついて遊び、 身分や立場に関係なく人と関わり、 静かに日々を重ねていく。


そんな良寛の姿が、よく伝わる歌があります。
この里に手まりつきつつ子どもらと遊ぶ春日は暮れずともよし
出典:相馬御風 編注『良寛和尚歌集』岩波文庫
現代語訳(筆者訳):
この里で手まりをつきながら子どもたちと遊ぶ春の日は、 このまま日が暮れなくてもいいと思う。
わたしなりの解釈:
誰かに勝とうとするでもなく、何かを成し遂げようとするでもなく、ただ目の前の時間を過ごすことだけで心が満たされている。
そこには、比べる相手も比べられる基準も何もない。
良寛は、比べないように頑張った人ではなく、 そもそも”比べてしまう場所”から離れて生きていた人でした。
競うことも、誰かと比べられることもない場所で、 ただ、自分の時間を、そのまま生きる。
そんな生き方も、この世界にはあるのかもしれません。
(他人の物差しから離れる話は、こちらの記事にも書きました。→ 清少納言に学ぶ、自分軸で生きるということ― 他人軸を手放し、“自分らしさ”を育てるヒント)
今の私たちにもできる、小さな一歩
良寛のように生きることは、 今の時代では、簡単なことではないかもしれません。
仕事もあるし、人との関わりもある。
比べられることを、完全に避けて生きるのは難しい。
それでも、少しだけならできることがあります。
たとえば、
- 何気なく見ているSNSを、少しだけ閉じてみる。
- 誰かの基準ではなく、自分にとって心地いいものを、少しずつ見つけていく。
- 誰かと比べて見えるものではなく、自分の中で「いい」と思えるものを、大切にしていく。
これが、自分の“軸”になっていきます。



それって、毎日続けられるのかな…?
完璧にやろうとしなくていい。
気が向いたとき、少しだけ。
それを繰り返していくだけで大丈夫です。
今日一日の中で、「これ、なんかよかったな」と思えたことを、ひとつだけ思い出してみてください。
たとえば、
- 朝のコーヒーで心がほっとした
- ごはんがおいしく感じられた
- 空がきれいだなと思えた
- 少しだけゆっくりできた時間があった
- 誰かと交わした何気ない会話に、少し気持ちが軽くなった
そんな小さなことで大丈夫です。
“自分の中でいいと思えたこと”に気づくこと。
それが、少しずつ、比べなくてもいい感覚につながっていきます。



小さいことでも、ちゃんと「よかった」って思っていいんだよね。
少し離れるだけで、見える景色は変わっていく


人と比べてしまう自分を、責めなくていい。
それは、ちゃんと生きようとしている証拠だから。
でも、少しだけ苦しくなったときは、無理に大きく変わろうとしなくてもいい。
ただ、ほんの少しだけ、立つ場所を変えてみる。
比べてしまう場所から、少しだけ距離をとってみる。
それだけで、今まで当たり前だと思っていた景色が、 少しずつ変わっていきます。
誰かと比べて見えるものではなく、自分の中で「いい」と思えるものを大切にしていく。
それが、自分だけの”軸”になっていきます。
焦らなくていい。
急がなくていい。
あなたのペースで、あなたのままで。
良寛のあの歌が、今日もそっと教えてくれます。
なよ竹のように、頼りなくてもいい。
整っていなくてもいい。
一日一日を、そのまま生きていけばいい、と。



そのままのあなたで、ちゃんと大丈夫だよ。
ほんのひとときでも、心がゆるむ時間になっていたらうれしいです。
また何かのときに、ふとこの記事を思い出してもらえたら。
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『良寛和尚歌集』(相馬御風 編注/岩波文庫)
この記事でご紹介した歌は、この一冊から。手まりをつき、子どもと遊び、山の庵でひとり暮らした良寛さんの歌が、まとめて読めます。わかりやすいように解釈もありますので、古典の歌集がはじめての方にも。人と比べて疲れた夜、一首だけでもひらいてみてください。
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