考えても仕方ないのに、夜になると同じことを考えてしまうあなたへ―ブッダの「遠くに行き、独り動く」心

電気を消して、布団に入る。

体はもうくたくたなのに、頭の中だけが動きはじめます。
昼間の会話を巻き戻して、あのとき言えばよかった一言を、何度も言い直している。
相手はとっくに忘れているはずなのに。

明日の心配が顔を出す日もあります。ずっと前の、もう戻せない後悔が戻ってくる夜もあります。

どれも、考えたところで何も変わりません。それはわかっています。

わかっているのに、止まらない。

そしてもうひとつ、つらいことがあります。止められない自分に、だんだん腹が立ってくること。こんなことでいつまでも、と思ううちに、眠れない時間がまた伸びていきます。

時計を見ると、1時を過ぎている。明日のことを考えて、あわてて目を閉じる。それでもまた、同じ場面が始まる。

今日は、だれにでもあるそんな夜のために、ひとつ言葉を紹介させてください。2500年ほど前に、心のことをじっと見ていた人がいます。

目次

「心は遠くに行き、独り動く」―ブッダの言葉

心は遠くに行き、独り動き、形体なく、胸の奥の洞窟にひそんでいる。この心を制する人々は、死の束縛からのがれるであろう。

出典:『ブッダの真理のことば・感興のことば』(中村元訳/岩波文庫)

はじめて読んだとき、夜の自分のことだと思いました。

ただ、ひとつだけ引っかかりました。

心は遠くに行くのに、胸の奥の洞窟にひそんでいる。いったい、どちらなのだろう。

ピヨ

遠くに行くのに、胸の奥にいるの?どっちなの?

たぶん、こういうことなのだと思います。

心の住みかは、胸の奥。遠いのは、行き先のほうだけ。

形がないから、住みかを離れずにどこへでも行けてしまう。しかも、こちらの都合とは関係なく、勝手に。

心は、体を置いて、ひとりで出かけてしまう。 

だから、夜のあの時間は、あんなに疲れるのですね。一日じゅう働いたあとで、さらに心だけが出歩いている。眠れないのは、あなたがまだ起きているからではなく、心がまだ帰ってきていないから。

(「体は休んでいるのに、心が働きづめ」の話は、こちらの記事に。→ 休んだはずなのに、疲れが取れないあなたへ―『養生訓』の「心は楽しませ、体は動かす」という知恵)

この言葉を残したのは、ゴータマ・ブッダ。2500年ほど前のインドの人です。
「ブッダ」は名前ではなく、「目ざめた人」という意味の呼び名。本名は、ゴータマ・シッダールタといいます。

『ブッダの真理のことば』は、その言葉を短い詩の形で集めたもの。宗教の教えとして読むこともできますが、今日は、人の心をよく見ていた昔の人の観察として読んでみたいのです。

「制し難い」と、はっきり書いてある

同じ章に、こんな一節もあります。

心は、動揺し、ざわめき、護り難く、制し難い。英知ある人はこれを直くする。――弓矢職人が矢柄を直くするように。

出典:同上 

護り難く、制し難い。

ここを読んで、わたしは少しほっとしました。

わたしたちは、心をコントロールできて当たり前だと思っています。だから、止まらない夜には「わたしの意志が弱いせいだ」と考える。考えすぎる自分を、もうひとりの自分が責める。

でも、2500年前に、はっきりそう言われているのです。心とは、護りにくく、制しにくいものである、と。

心を静めることを、ずっと考え続けた人です。その人が「難しい」と言っている。だとしたら、眠れない夜に自分を責めるのは、少し筋が違うのかもしれません。

ミミ

難しいことを、難しいって言ってくれてるんだね。それだけで、ちょっと救われる気がする。

止まらないのは、あなたの弱さではありません。もともと、制しにくいものを相手にしているのです。

(「気がゆるむのは、弱さではない」という話は、こちらの記事にも。→ 「もう大丈夫」と思った瞬間につまずく―『徒然草』の木登り名人がそっと教えてくれる「最後のひと呼吸」)

そして、この一節はこう結ばれています。「弓矢職人が矢柄(やがら)を直くするように」。

曲がった矢は、一度で、まっすぐにはなりません。職人が少しずつ、時間をかけて直していくものです。ブッダは、心を扱うことを、その仕事にたとえました。

つまり、今夜すぐに止められなくて、当たり前なのですね。

連れ戻そうとしなくていい

「考えるのをやめよう」と思うと、たいてい逆効果です。やめようとしていること自体が、また考えることだからです。

だから、連れ戻そうとしなくていいのだと思います。

かわりに、心がどこに行っているのかだけ、そっと見てあげてください。
今、心は昼間の職場にいる。今、心は10年前のあの日にいる。今、心は来週の予定の中にいる。

場所がわかると、それが「今ここ」ではないことも、同時にわかります。

わたしの心がいちばん遠くへ行くのは、身近な人と口論になって、関係がこじれてしまった夜です。

いったい、なんて言えばよかったのだろう。
あのとき、ああ返していれば。
答えの出ないことを、何度も並べ直してしまいます。

人はみんな違うのだから、価値観がまったく同じということはありません。
そう考えると、ぶつかること自体は、きっと自然なことなのだと思います。

すり合わせながら、ときには譲って、身を引いて。
そうやって生きていくのが、うまく生きるということなのかな。

そんなことを考えているうちに、また心は遠くへ行ってしまいます。

でも、あなたの体は、ちゃんと布団の中にいます。

心が遠くへ出かけているあいだも、体はここで休んでいます。眠れなくても、横になっていれば、体はちゃんと回復していきます。

夜、考えがぐるぐるしはじめたら、体のどこか一か所に、手で触れてみる。

・胸の上に、手のひらを置く
・お腹に手を当てて、息で上下するのを感じる
・枕のはしを、指でそっとなでる

心は「形体なく」遠くへ行きますが、体はここにあって、形があります。
考えを止めなくて大丈夫です。触れているあいだだけ、体の側にいてみてください。

心が帰ってくるのを、待っていればいい

出かけた心は、そのうち帰ってきます。

今夜は帰りが遅いかもしれません。それでも、朝には、たいてい戻っています。明け方に少し眠れる日があるのは、そのせいなのかもしれませんね。

モコ

心が出かけてるあいだ、体だけでも休ませてあげてね。それだけで、じゅうぶん休んだことになるから。

眠れない夜に、眠れない自分を叱らないでください。

護り難く、制し難いものを、あなたは今夜も抱えて、それでも横になっている。
それだけで、もう十分なのだと思います。

ほんのひとときでも、心がゆるむ時間になっていたらうれしいです。
また何かのときに、ふとこの記事を思い出してもらえたら。

今日の一冊

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今回の言葉は、第3章「心」にあります。短い詩が番号つきで並んでいるので、目次を探さなくても番号で開けます。眠れない夜に、1ページだけ開いてみるのにちょうどいい一冊です。

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この記事を書いた人

おしゃれなカフェより
家でのんびり本を読む時間が落ち着くうさぎ
静かな時間と、心に残る言葉が好き。
昔の人の生き方から
今を生きるヒントを探しています。

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