10代のころ、思い描いていた将来がありました。
何歳で結婚して、何歳で子どもを産んで、素敵な家に住んで、充実した幸せな日々を送るのだろう、と。
でも、現実はそんなに簡単にいくわけはなく。
理想のレールからちょっと外れ、また外れ。
どうしてうまくいかないんだろう、って。
今日は、そんなことを思う日のために、約1000年前の日記を紹介させてください。物語に夢中だった少女が、五十歳を過ぎてから、その夜のことを書いた話です。

十三歳の夜、灯りのそばで
『更級日記』を書いたのは、菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)と呼ばれる女性です。
父の任地だった上総(かずさ)、今の千葉県のあたりで少女時代を過ごし、十三歳で都に上りました。都に行く前から、願いはひとつだけ。物語が読みたい。姉や継母から話に聞くばかりだった、光源氏の物語の続きが読みたい。
都に着いてしばらくして、その願いがかないます。田舎から上ってきたおばが、『源氏物語』の五十余巻を、箱ごと贈ってくれたのです。
そのときのことを、彼女はこう書いています。
はしるはしる、わづかに見つつ、心も得ず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人もまじらず几帳(きちょう)の内にうち臥(ふ)して、引き出でつつ見る心地、后(きさき)の位も何にかはせむ。昼は日ぐらし、夜は目の覚めたるかぎり、灯(ひ)を近くともして、これを見るよりほかのことなければ……
(胸をわくわくさせながら、これまでほんの少しばかり読んでは、納得がいかずじれったく思っていた『源氏物語』を、最初の巻から始めて、たった一人っきりで几帳の中に臥せって、櫃(ひつ)から次々に引き出しながら読むその気持といったら、后の位だって問題にもならない。昼はひねもす、夜は目の覚めている限り、灯火を近くにともして、これ(『源氏物語』)を読むこと以外何もしないで過ごしているので……)
出典:『更級日記 現代語訳付き』(菅原孝標女/原岡文子訳注/角川ソフィア文庫)※ルビは引用者
几帳(きちょう)というのは、部屋の中に立てる布の衝立のことです。その内側に寝そべって、誰にもじゃまされずに、一冊ずつ。
昼は日が暮れるまで、夜は目が覚めているかぎり、灯りを近くにともして。
后の位は、この時代の女性にとっていちばん高い位でした。それを「何になるでしょう」と言い切っているのですから、どれほど夢中だったか。

「浮舟のようになれる」と思っていた
物語に夢中だった彼女は、自分の将来も、そこに重ねていました。
同じころのことを、こう書いています。
夢に、いと清げなる僧の、黄なる地の袈裟(けさ)着たるが来て、「法華経(ほけきょう)五の巻をとく習へ」と言ふと見れど、人にも語らず、習はむとも思ひかけず、物語のことをのみ心にしめて、われはこのごろわろきぞかし、さかりにならば、かたちもかぎりなくよく、髪もいみじく長くなりなむ、光の源氏の夕顔(ゆうがお)、宇治の大将の浮舟(うきふね)の女君(おんなぎみ)のやうにこそあらめ、と思ひける心、まづいとはかなく、あさまし。
(夢の中で、とてもきれいな僧で黄色の地の袈裟を着た人がやって来て、「『法華経』の第五巻を早く習いなさい」と言う、と見たのだけれど、他の人にも話さず、『法華経』を習おうなどとは思いもかけず、物語にばかり夢中になって、私は今のところまだ器量が良くないのだ、でも年頃になったら、顔かたちもこの上なく美しくなって、髪もすばらしく長くなるに違いない、そして光源氏の寵愛した夕顔や、宇治の大将(薫)の愛を受けた浮舟の女君のようにきっとなるのだ、とそんなふうに思っていた私の心は、今考えてみると何ともたわいなく、あきれかえったことである。)
出典:同上※ルビは引用者
夕顔も浮舟も、『源氏物語』に出てくる女性です。今でいえば、憧れの登場人物のようになれると信じていた、ということになります。
今は器量がよくないけれど、年ごろになればきれいになって、髪も長くなって、あの人たちみたいになるのだろう。そのとおりになると、少しも疑っていませんでした。
そしてこの段は、「まづいとはかなく、あさまし」で終わります。なんともたわいなく、あきれてしまう、と。
書いたのは、五十歳を過ぎた彼女自身です。
ミミわたしも、こうなるって思ってたなあ。あのころは、疑いもしなかったよね。
思いどおりには、ならなかった



その子、そのあとどうなったの?
物語のヒロインのようには、なりませんでした。
都での日々は、継母との別れ、乳母の死、姉の死と、悲しみが続きます。三十三歳で結婚した相手は、物語の貴公子とはほど遠い、ごく普通の役人でした。子どもを育て、その子の将来と夫の出世を願って、お寺や神社に通う日々。
そして五十歳のころ、夫を亡くします。
日記の終わりのほうに、こんな一節があります。
昔より、よしなき物語、歌のことをのみ心にしめで、夜昼思ひて行ひをせましかば、いとかかる夢の世をば見ずもやあらまし。
(昔から、とりとめもない物語や、歌のことばかりに熱中せずに、日夜心に掛けて仏道修行をしたのであれば、全くこんな夢のようにはかない世を見ずにすんだのであろう。)
出典:同上※ルビは引用者
あんなにつまらない物語や歌に夢中にならず、まじめに仏の道を思って過ごしていたら、こんなはかない人生を見ずにすんだのに。
人生をふり返って、彼女が出した答えが、これでした。
四十年たっても、あの夜のことを書きとめていた
ここで、ひとつ大事なことがあります。
『更級日記』は、毎日つけていた日記ではありません。夫を亡くしたあと、昔の覚え書きや歌を手がかりにして、自分の人生をまるごとふり返って書かれたものです。
十三歳のあの夜から、四十年。
つまり彼女は、書いている時点で、すべての結末を知っています。物語のようにはならなかったことも、もう知っている。
それなのに、短く済ませませんでした。
「若いころは物語に夢中でした」のひと言で、十分だったはずです。悔やんでいるのなら、なおさら。
けれど彼女は、おばから箱をもらった日のうれしさを書きました。几帳の内側に寝そべったこと、一冊ずつ引き出して読んだこと、夜は目が覚めているかぎり灯りを近くにともしていたことまで書きました。
「あさまし」と書いた同じ手が、あの夜のことを、こまかく書いている。
もし本当にたわいないだけの時間だったなら、四十年もたって、あの夜の様子を、ここまでは覚えていないはずですから。



「無駄だった」って言ってる人が、その無駄をちゃんと大事に書きとめてるんだよね。
(がんばったのに何も残らなかった、と思う日の話は、こちらの記事に書きました。→ がんばりが報われなかった気がする日に―芭蕉『おくのほそ道』が教えてくれる「消えないもの」)
今日、10代や20代のころ夢中になっていたものを、ひとつだけ思い出してみる。
・音楽でも、部活でも、まんがでも。人に言うほどのことでなくていい
・「あのとき楽しかったな」と思えたら、それで十分です
・思い出せたら、今それに5分だけ触れてみるのもいい
うまくいったかどうかは、数えなくて大丈夫です。
彼女が五十歳を過ぎて書き残したのも、うまくいった話ではなく、ただ夢中だった夜のことでした。



思いどおりにならなかったことばかり数えなくていいんだよ。夢中だった時間は、ちゃんとあなたの中に残ってるからね。
その時々の一瞬が、心に残っていく


だから、ちょっとしたことでも夢中になれるものがある。幸せを感じられるものがある。それだけで、実は幸せなのかもしれません。
人生全体として捉えるのではなく、その時々の一瞬一瞬が満たされたら、それでいいのかもしれない。
そのときの思い出や、そのときの思いが、心にずっと残って、支えになってくれると思うから。
千年前の彼女も、そうだったのだと思います。
思い描いたようにはならなかった人生の、いちばん最後に。孤独のなかで筆を執って、あの夜の灯りを書きとめたのですから。
ほんのひとときでも、心がゆるむ時間になっていたらうれしいです。
また何かのときに、ふとこの記事を思い出してもらえたら。
※広告を含みます
今回の場面は、都に上ったあと『源氏物語』を手に入れて読みふける前半と、夫を亡くしたあとの終わり近くにあります。原文に注がつき、現代語訳は巻末に別立て。少女時代の憧れから晩年まで、ひとりの女性の四十年ほどを、ゆっくりたどりたい方へ。
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