職場に、新しい人が入ってきました。
仕事の覚えが早くて、感じもいい。気がつけば、もうみんなと笑って話している。
よかった、と思います。思うのに、なぜか胸のあたりがそわそわする。
わたしの仕事、この人に取られてしまうんじゃないか。
わたしの居場所、なくなってしまうんじゃないか。
誰にも何も言われていないのに、ひとりで身構えてしまう。
仲のいい友だちが、ほかの誰かと楽しそうにしているとき。同じ習いごとに、上手な人が入ってきたとき。似たような気持ちになること、ありませんか。
今日は、そんなときに思い出すと、ちょっと笑ってしまう話を紹介させてください。古代中国の『荘子』という本に出てくる、少し意地悪で、思わずくすっとなる話です。

三日三晩、国じゅうをさがした人
恵子(けいし)という人が、梁(りょう)という国で宰相をしていました。そこへ、荘子が会いに行こうとします。
恵子(けいし)梁(りょう)に相(しょう)たり。荘子往きて之に見(まみ)えんとす。或ひと恵子に謂いて曰く、「荘子来たりて、子に代わりて相たらんと欲す」と。是に於て恵子恐れ、国中を捜すこと三日三夜。
(恵子が梁国の宰相となった。荘子は彼に会いに出かけた。ところがある人が恵子に告げ口するに、「荘子がやって来るのは、あなたに代わってこの国の宰相となろうとしてですぞ」そこで恵子は心配になり、国じゅうで荘子を捜し求めること、三日三晩におよんだ。)
出典:『老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』(野村茂夫/角川ソフィア文庫)
地位をねらっているらしい、と告げ口された。
それだけで、三日三晩の大捜索です。
荘子本人に聞けば、すぐにわかりそうなものですが。
ピヨ荘子さんって、どんな人なの?
荘子(そうし)は、今から2300年以上前、中国の戦国時代を生きた思想家です。
今回の話も、本の解説では「寓言(ぐうげん)」、つまりたとえ話として紹介されています。
(荘子の考え方については、こちらの記事にも書きました。→ 老荘思想とは何か−老子と荘子がそっと教えてくれる「休んでもいい」という考え方)
そして、さがされていた荘子のほうから、恵子に会いに来ます。
アオギリにしかとまらない鳥と、腐ったネズミ


会いに来た荘子は、恵子に鵷鶵(えんすう)という鳥の話をします。
南の海から北の海まで飛んでいく鳥で、羽を休めるのはアオギリの木だけ。食べるのは竹の実だけ。飲むのは、酒のようにおいしい泉の水だけ。
ずいぶん、こだわりの強い鳥です。旅先で、とまる木を探すのも大変そうです。
この話には、もう一羽、鳥が出てきます。トビです。腐ったネズミの死体を拾って、えさを手に入れたところでした。
是に於て鴟(し)、腐鼠(ふそ)を得たり、鵷鶵(えんすう)之を過ぐ。仰いで之を視て曰く、『嚇(かく)』と。今、子は子の梁国(りょうこく)を以てして、我を嚇せんと欲するか」と。
(ところが、あたかも鴟(とび)が腐った鼠の死体を拾ったとき、鵷鶵が(はるか上空を)飛び過ぎていった。空を仰いで鵷鶵を見て、(えさを奪われるかと思った)鴟は『こら』と脅しつけた、ということだ。いま君は、梁国での自分の地位が奪われるかと恐れて、私を脅すつもりなのか」)
出典:同上
トビは、空を飛んでいく鵷鶵に向かって、「こら」とおどしつけたのです。
竹の実しか食べない鳥が、腐ったネズミを欲しがるはずもないのに。
つまり、トビは恵子で、鵷鶵は荘子。
荘子は、恵子の宰相の地位を、この腐ったネズミにたとえたのです。
あなたの大事なその地位は、わたしには腐ったネズミのようなもの。欲しくもない、と言いたいのでしょう。



三日三晩さがして、言われたのが『腐ったネズミ』。恵子さん、ちょっとかわいそう……。
ずいぶん遠慮のない言い方です。
けれど同じ本には、ふたりが川のほとりで問答をする場面も入っています。恵子が亡くなったあと、荘子がその墓のそばを通りかかり、語り合える相手がもういない、と言う場面もあります。
本の解説によると、恵子は『荘子』に十数回も登場して荘子と議論を交わし、荘子の思想に大きな影響を与えた人でした。そんな間柄だったからこその、冗談だったのかもしれません。
相手は、あなたのネズミを狙っていないかもしれない
ここからは、わたしの読み方です。
この話を読んで、笑ったあとで、少しどきりとしました。
新しい人が来たときの、あのそわそわ。あれは、「こら!」だったのかもしれない、と。



わたしも、心の中でけっこう『こら!』って言ってたかも……。
ここでいう「ネズミ」は、腐ったもののことではありません。わたしたちが大事にしている、仕事や居場所、人とのつながりのことです。
大事にしてきたからこそ、取られるかもしれないと思うと、身構えてしまう。それは、恥ずかしいことではないと思います。
ただ、鵷鶵が竹の実しか食べないように、人にはそれぞれ欲しいものがあります。
新しく入ってきた人は、あなたの仕事が欲しいのではなく、早く自分の居場所をつくりたいだけかもしれません。
友だちの新しい友だちも、あなたの席に座りたいわけではないのかもしれない。
相手は、あなたのネズミを狙っていないかもしれない。
そう思えたら、少し肩の力が抜けるかもしれません。
わたしにも、身構えてしまったことがあります。
小学生のとき、転校生が来ました。人と話すのが上手で、勉強も運動もよくできる子でした。
わたしは、仲のよい友だちをその子に取られてしまうのではないか、と思ってしまったのです。
でもそれは、わたしが勝手に思っていただけでした。その後も、友だちとの関係は、とくに変わりませんでした。
今思えば、わたしの中のトビは、ずいぶん早とちりでした。
そわそわしたら、「この人が欲しいものは、何だろう」と考えてみる。
・その人が、楽しそうにしている場面をひとつ思い出す
・それが、自分の大事なものと同じかどうか、確かめてみる
・違っていたら、心の中の「こら!」を、そっと下ろす
身構えるのは、あなたがそれを大事にしているしるしです。
荘子の話の鵷鶵も、ネズミの上空を、ただ飛び過ぎていっただけでした。



大事なものがあるから、そわそわするんだよね。でも、取られるって決まったわけじゃないよ。
心の中で「こら!」と言いそうになったら
三日三晩、国じゅうをさがした恵子。
ネズミを拾って、空を見上げて「こら」と言ったトビ。
どちらも、笑ってしまうくらい、わたしたちに似ています。
次に、そわそわした気持ちがやってきたら、ネズミを拾ったトビを思い出してみてください。
頭の上を通っていくのは、あなたのネズミには用のない、竹の実しか食べない鳥かもしれません。
ほんのひとときでも、心がゆるむ時間になっていたらうれしいです。
また何かのときに、ふとこの記事を思い出してもらえたら。


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『老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典』(野村茂夫/角川ソフィア文庫)
今回の話は、『荘子』秋水編の「鵷鶵と腐鼠」にあります。同じ秋水編には、荘子と恵子が川のほとりで問答する「濠上の問答」も入っています。物語を読むような気持ちで開ける一冊です。
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