ふとした夜に、そろばんを弾くように、自分の人生を数えてしまうことがあります。
肩書き、実績、財産、育てたもの。
同世代の活躍を耳にした日は、なおさらです。
「わたし、この年になって、なにも残せていない気がする」――。
そんな夜に思い出したい歌があります。
江戸時代の終わりごろを生きたお坊さん、良寛(りょうかん)さんの、辞世といわれる歌です。
形見とて なにかのこさむ 春は花 夏ほとゝぎす 秋はもみぢば
(形見として、何を残そうか。春は花、夏はほととぎす、秋はもみじの葉。それを、わたしの形見に。)(筆者訳)
出典:『良寛和尚歌集』(相馬御風編注/岩波文庫)
なにも残さない、と言っているのに、読み終わると、たっぷり残されたような気持ちになる。
不思議な歌です。
今日は、この歌をゆっくり味わってみたいと思います。

なにも持たなかった人
良寛さんは、越後(今の新潟県)の生まれ。
お寺の住職にはならず、山の小さな庵で、托鉢(たくはつ)をしながら暮らした人といわれています。
財産らしい財産はなし。
地位もなし。家族もなし。
子どもたちと手まりをついて遊ぶのが好きな、風変わりで、みんなに愛されたお坊さん。
つまり、世間の物差しでいえば、「なにも残さなかった人」です。
その人が、人生の終わりに詠んだとされるのが、さっきの歌でした。
ピヨ形見がお花と鳥と紅葉って……それ、良寛さんのものじゃないよね?



そう、誰のものでもないの。でもね、そこがこの歌のいちばんすごいところなんだよ。
「わたしのもの」じゃないものを、形見にした
ふつう、形見といえば「その人のもの」です。
愛用の時計とか、書いた本とか、建てた家とか。
でも良寛さんは、自分の持ちものではなく、自分が愛でてきたものを形見にしました。
春の花。夏のほととぎす。秋のもみじ。
考えてみれば、これらは良寛さんが亡くなったあとも、毎年ちゃんとやってきます。
そして、良寛さんを知る人が春の花を見るたび、「ああ、良寛さんはこれが好きだったなあ」と思い出す。
残すのではなくて、思い出してもらう。
物を遺すのではなくて、季節のほうに自分をあずけておく。
なにも持たなかった人の形見が、実はいちばん枯れない形見だった、という話なのです。





持ちものは古びるけど、春は毎年新品だもんね。



うん。だから良寛さんの形見は、200年たった今も、ちゃんと届き続けてるんだよ。この歌を読んだわたしたちのところにまで。
「残したもの」は、実績の欄には書いていない
この歌に照らしてみると、「なにも残せていない」という夜の計算は、数え方がちょっと狭かったのかもしれません。
わたしたちが数えているのは、履歴書に書けるもの、通帳に印字されるもの、名前が刻まれるもの。
でも、実際に人の中に残っているものを思い出してみてください。
亡くなった祖母を思い出すとき、浮かぶのは彼女の功績ではなくて、みかんの剥き方だったりします。
昔の友だちを思い出すとき、浮かぶのは肩書きではなくて、笑い方だったりします。
人が本当に残していくのは、そういう、実績の欄に書けないもののほうなのです。
だとしたら、あなたにも、もう十分にあるのではないでしょうか。
あなたの好きな季節、よく口にする言葉、お茶の淹れ方、誰かと笑った時間。
それはぜんぶ、いつか誰かの中で「形見」になるものです。
わたしがこのブログを書いているのも、じつは同じような気持ちからです。
千年前や200年前の人の言葉を読んで、今のわたしが救われる。
その驚きを、誰かに手渡したくて書きはじめました。
大きなものは、何も残せません。
でも、ここに置いた言葉のどれかが、いつか時代を超えて、誰かの心をそっと癒すものになってくれたら。
そう思いながら、綴っています。


「わたしの形見リスト」を、3つだけ書いてみる。
・物じゃなくていい。「金木犀の香り」「味噌汁の味」「口ぐせ」でいい
・「これを見たら、わたしを思い出してもらえそうなもの」を選ぶ
・書けたら、それがあなたのこれまでの人生が残してきたものです
実績の欄が空いていても、形見リストは埋まる。
それがわかれば、今夜は十分です。



なにも残せてないんじゃなくて、目に見えないところに、もうたくさん置いてきてるんだよ。
「形見とて」が教えてくれること
なにも残せていない、と数えてしまう夜。
その物差しの外側に、良寛さんはそっと立っています。
財産も肩書きも持たなかった人が、春の花と、夏のほととぎすと、秋のもみじを形見にして、200年たった今も思い出され続けている。
残すことに、焦らなくて大丈夫。
あなたが今日を丁寧に生きて、誰かと季節をひとつ分かち合えば、それはもう、ちゃんと残りはじめています。
(良寛さんの暮らしぶりは、こちらの記事にも書きました。→人と比べてしまうあなたへ|良寛が教えてくれる「比べなくていい」生き方)
ほんのひとときでも、心がゆるむ時間になっていたらうれしいです。
また何かのときに、ふとこの記事を思い出してもらえたら。
※広告を含みます
『良寛和尚歌集』(相馬御風 編注/岩波文庫)
この記事でご紹介した歌は、この一冊から。なにも持たなかった良寛さんが、季節と子どもと、ひとりの時間を詠んだ歌が、まとめて読めます。なにも残せていない気がする夜、一首だけでもひらいてみてください。
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